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<ノベル>
「こんなことになるなんて」
下唇をきつく噛み締めて美月は目を伏せる。
対策課に駆けつけて事と次第を聞いたとき、森砂美月はひどく悔やんだ。どれだけ手を尽くしたところで、引き起こることはあるが、それでも自分がもっとしっかりしていればという気持ちが先立つ。
「森砂さん、あんまり自分を責めないで」
肩を叩いて柝乃守泉が優しく笑いかけると、美月は弱弱しくも笑った。
「まずは、神林殿の親のところに行くことだな。この事件についても聞かねばいかんし、危険といえども協力してもらうべきだろう。そのために俺が雇われたのだしな」
役所から神林夫妻の護衛も頼まれている清本橋三が顎に手を撫でて言った。もしサイクロアが何かしらの意図を持って神林を狙ったとすれば、その両親も危険ということになる。
どうして神林さゆりが狙われたのか。
それも攫われたという位置はどう考えても神林家から遠い。サイクロアは、さゆりをどのように攫ったのか。
「たぶん、外に出ていたんだと思うんです」
美月が小さく言った。
「カウンセラー室で、何度か両親が喧嘩しているって、その間はこっそり外に出ていることがあるって言う風に……お友だちのいる隠れ家にいるって。それは、ただの普通の友だちかと思っていたの……時々、そのお友だちについても聞いていたけども」
「そのお友達が、もしかしてサイクロアだった?」
泉が言うのに美月は無言で頷いた。思春期の傷つきやすい子にとっては友だちというものが一番の薬だ。さゆりは相談してくれたときに、いつも「友達」といい、自分を何よりも理解してくれると言っていた。もっとその「お友達」について聞いておくべきだった。
「サイクロアは言ったわけだな。真に求める者と」
「あの家庭は」
「けど、ご両親に会うべきだと僕は思うよ」
那由多が言う。
神林さゆりの両親には接触し、その上で協力を仰がなくてはいけない。
「それにしても、随分と親切ですこと」
囁くように鬼灯柘榴が言った。いつものように深紅の曼珠沙華柄の着物が白い陶器の肌を包みこんでいる。
全員の視線が向けられても、柘榴は気にすることもなく、悠然と微笑む。
「娘の命が危険ならば我を倒せ。それも待ってくだされるなんて……まるでさゆりさんには危害を加えるつもりはないということでしょう」
「そうね。連れて行かれた子の身元までわざわざ教えてくれていることだし」
エルヴィーネ・ブルグスミューラーがくすりと口元を綻ばせる。
「番人さんは何を考えているのかしらね」
「……今回のことはさゆり様の保護が第一目的です」
サマリスが感情のこもらぬ女性の声で言い返す。
「ヴィランスについては確保を優先にと指示があります」
サマリスは対ヴィランスと指定されたサイクロア戦のために装備も整えていた。役所に来た際も即座にサイクロアについての情報を引き出し、戦闘の準備を整えていた。
「あら、そうね。けど、ただ助けるだけじゃ、今回はだめなんでしょ。真に求める者がいなくちゃ・・・・・・ふふ」
エルヴィーネが可愛らしく微笑んだ。
神林家は住宅街にある、さして大きくもない。親子三人が暮らすには十分な家だ。チャイムを鳴らすと、インターフォン越しに母親らしき女性の声で誰かと尋ねられ、美月がこの場を代表して応えた。対策課から来た者だと、そして学校での神林さゆりから相談を受けていた者であることも話すと、母親はしばらく待って欲しいといい、インターフォンは切れた。五分ほどして玄関から女性が出できた。
「どうぞ」
不安げな面持ちで、目を逸らす母親。
居間に行くと、父親がソファに座って待っていた。客人に一度立ち上がり、頭をさげるとソファに座るようにと全員を促した。
決して狭くない部屋のはずだが、さすがに七人もいると、狭い。ソファも五人も座ればいっぱいだ。
清本とサマリスは他の者に席を譲り、自ら立つことを選んだので他の者たちはソファに座ることが出来た。
向かいのソファには父親と、母親が腰掛けて俯く。
「どうして、あの子が、あんな化物に攫われたのか、まったくわからなくて」
「娘さんが家から出たことは気がついてましたか?」
美月が尋ねると父親は顔をあげ、驚いたように首を横にふる。
「あの子、夜に外に出ていたんですか」
「ええ」相手を刺激しないように美月は頷く。
「……お前、しっていたのか」
父親が母親のほうを見て押し殺した声で尋ねると、母親もまた首を横に振る。
「どうしてだ。母親だろう。お前がしっかりと子供の面倒をみるべきなんだよ」
「母親、母親って、私にばかり責任を押し付けないで」
母親が負けじと言い返す。
「お二人とも、いまはそんなことを言い合うときではないと思います」
美月は冷静に、だがきっぱりと二人の言い合いを制する声で言った。それに二人は人前であることを思い出したのか互いの顔を見合わせて、口を噤んだ。
「相手は、さゆりさんを求める者をと……ご両親の協力が必要なんです」
沈黙。
そして母親がのろのろと顔をあげた。
「けど、相手は化物なのでしよう? 私たちは一般の人間なんですよ」
「そのために私たちがいるんですよ」
黙っていられずに泉が口を開いた。先ほどの喧嘩といい、子供が危険であるというのに自ら積極的に動こうしない態度といい、泉はなんともいやな気分になった。
「この状況、どう思うんですか、あなたたちは」
鋭いナイフのように泉は切り込んだ。それが一番、気になっているのだ。
「えっ……どうって、そりゃあ、心配ですけど」
「あいつが勝手に俺たちに言わずに家を出たりするから、こんな目にあうんだ」
その言葉に泉は静かな怒りを感じた。泉は目を細め、目の前にいる両親をにらみつけた。
「私は赤の他人ですけど、あまりにも自分勝手すぎませんか? 親としてどうかと思いますよ」
「あんたになにが」
「あなたたちがしっかりとさゆりさんのこと見ていなかったせいでしょう」
泉は鋭い切りかかりに両親は口を噤んだ。
不意に泉の手に美月の手が重なった。そして顔を向けて無言で首を軽く横に振る。静かな制しに泉は怒りが急に萎んでいくのがわかった。ここで両親の協力を得なくてはいけないのは確かだ。それと同時に、泉の中ではさゆりの置かれていた状況というものを考えると胸が痛んだ。
この家は、とても息が詰る。
ただの一般的な家庭だというのに、この家は、あまりにも重い何かがある。
「二人は、別れたいの?」
那由多が不意に口を開いた。
このメンバーでは、一番幼い子供である那由多の黒く、純粋な瞳が二人の大人を見つめる。
「別れるって、とっても悲しいことだよ。それに自分たちが喧嘩して別れるって言えるのは、恵まれたことだと思う。別たれたくないのに別れる人だっているもの。さゆりさんは、二人のこと、見ていたんだと思うよ。とっても。子供って親のこと良く見ているもの。好きな人たちが喧嘩するのは悲しいし、自分のこと否定されることはもっと悲しいよ……ここには、居場所がないよ。心の」
「子供が知った口を」
「そんな子供の言葉にいちいち怒鳴るほうが大人げありませんよ。すべてを娘のせいにする、あなたがたのような人たちが大人だとすればですけど」
那由多の横に腰掛けていた柘榴が穏やかに怒鳴ろうとする父親に言い返した。彼女の言葉に父親は苦い顔をしてそっぽ向いた。
「あら、それにあなたたちがまったく関係ないこともないのよ」
くすくすと楽しそうにエルヴィーネが言い返した。
「あの化物はね、あなたたちが産み出したのよ」
「えっ」両親が揃って驚きの声をあげる。
「こんな状況でも互いの人間味を認められないようでは人間を名乗る資格はないわね。それってとっても醜いことだと思わない? ……それが今回の化物の正体よ。あなたたちの不仲と娘さんを邪魔だって思っている気持ちが実体化したのよ」
そんなことは嘘だ。だが、エルヴィーネの口からはすらすらと、まるで真実かのように言葉が出てくる。
「そして、その化物が娘さんを喰らおうとしているわ。さぁ、どうするのか決めなさい。見殺しにするか、救うか」
その言葉に両親は互いに黙った。
「おい、お前支度、するぞ」
「はい」
「すこし、待ってください。支度するので」
父親がそう言うと母親のほうを促して居間を出ていった。
「ねぇ、あれ、本当なの?」
思わず那由多が尋ねる。
「あら、まさか」
にっこりとエルヴィーネは可愛らしくも優雅に微笑んだ。まるで、その微笑は、黒い花が咲いたような、美しさがあった。
「嘘なの? すごい」
那由多は思いつきもしなかった行動でもあるので、正直に賞賛を口にした。
「あら、ありがとう。何にしてもあの人たちは、決断をしたわ。自分たちでね」
「だが、サイクロアの居場所、どのように探すつもりなのだ」
清本が言うとサマリスが首を動かした。
「それでしたら、情報からおおよその検討はつけていますが」
「その情報を聞かせてもらえますか? 私の能力を使えばはっきりと場所がわかると思います」
「肯定……私の持つ情報を提示します」
泉はサマリスの情報から導き出された大体の場所を聞いていると、居間に準備をした両親がやってきた。
家の外に出ると、泉は考える。水が導いてくれると、自分の中にある想像力を最大限に引き出す。水が泉の手から音をたてて現れ、宙に浮くと、それが矢のような鋭い形となり、宙を飛んでいく。
「あっちね」
水を追っていくと、一軒の家の前で、水は矢から丸い形へとかわった。泉たちが家の前にたどり着くと役目を終えたように水は泉の手に再び戻り、消えた。
「ここは……」
「今回のヴィランスが多々目撃されている空き家です」
サマリスが言うと装備しているマシンガンをいつでも撃てるようにし、前へと出て敵がいないかを警戒する。
「生き物はいないようね。とりあえず、中をみてみましょう」
エルヴィーネが促す。
警戒を十分に空き家に入るが、ドアは閉められている。庭のほうにいっていた清本が手をあげる。
雑草が好きに生えた庭を見ると、家の窓が開いていた。
窓から中を見ると、人が住んでいなくなって久しく荒れた部屋。そこについ最近まで誰かが隠れていただろうと思わせるペットボトルなどの飲み物が散らかっていた。
「あれは、靴」
美月が急いで家の中にあがり、落とされている靴を見る。それは女の子のものだ。
「ここにいたんだわ、彼女は」
こんな寂しいところに逃げていたのだ。
美月の心は、それだけでいっぱいになった。靴をぎゅっと握り締める。
「けれど、肝心のサイクロアの姿はないですね」
「ここにいるはずなんだけど」
柘榴が言うのに泉は頭をかく。
「反応はあります……上に」
サマリスが気がついた。家から外へと出て、屋根の上を見ると、その上に黒い影があった。獣が黒い翼を広げて佇んでいた。
強い風が吹く。
「……我ヲ探シタ者タチ、コノ娘ヲ真ニ求メル者タチ」
サイクロアが静かに呟く。
サイクロアの逞しい背中には気を失っているさゆりがいる。
「さゆりっ」
「よせ、お前」
母親が思わず叫び、身を乗り出すのに父親が慌てて母親を止める。サイクロアは、その様子をじっと見つめていると、翼を広げて地上に降りてきた。
「サイクロア! 私はさゆりちゃんの友達でもなんでもない。けど、命は幸せになるために生まれてる。だから私はさゆりちゃんを求める。ここにご両親だっている」
泉が叫ぶのにサイクロアは無感動な瞳を瞬かせた。
「デハ、求メルナラバ挑ンデクルガ、イイ。弱キ者モ、強キ者モ、全テニハ平等ニ……オ前タチガ我ヲ探シ、コノ娘ヲ求メタナラバ、我ヲタオセ」
「待って。サイクロア」
美月が叫んだ。
「戦わなくてはいけないの?」
サイクロアは沈黙したまま美月をただ見つめる。
「あら、番人さんは連れてきたからって、解放するとはいってないわよ」
サイクロアの無言での答えをエルヴィーネが口にする。美月は顔を苦しげに歪めた。
サイクロアの行動はあまりにもひっかかる。ここは、さゆりが逃げ込んでいた場所。わざわざここにいた。自分たちを攻撃しようと思えば、先ほど出来たはずだというのに、サイクロアはしなかった。
サイクロアは、もしかしたら……美月はじっとサイクロアを見つめる。無感動な瞳は、何者の言葉にも応じるように見えない。
「その状態での戦闘は、さゆり様にとって危険です」
きっぱりとした口調でサリマスが言う。
「この戦闘においてのさゆり様の生命の安全、肉体の安全を確保してください」
このままさゆりを背に乗せたまま戦うサイクロアに対しては、どのように気をつけたところで、さゆりに怪我を一つとして負わせず、勝つことは不可能だ。
「どこか安全な場所に置いていただけませんか? それが無理なら、私が……人質になります」
「森砂さん!」
泉が慌てて声をあげるのに美月は気丈に微笑みをかえし、サイクロアを見つめた。サイクロアはじっと美月を見つめたあと、素早く美月の前に現れた。
「……オマエノ目……オマエハ、サユリのイッテイタ、センセイダナ」
サイクロアは前足を美月の首にかけた。
その場のすべてに緊迫が走る。
サイクロアは美月を乱暴にくわえると、地面を蹴って空に飛ぶと、家の屋根に着地した。美月を降ろし、その横にさゆりを下ろす。
「サユリ、イツモ、イッテイタ、優シイセンセイノコト」
「けど、私、さゆりさんのこと、助けてあげられなかったわ。サイクロア」
「……コノ世ニは貴女のヨウナ者も必要。コノ子ニハ、ソシテ強キ者モイル……貴女ガココニキテクレテ、ヨカッタ……コノ子が、他の者を信ジラレル、未来、希望、夢……シバラク、ココデ……コノ子を愛スルナラバ、見テイテ、最期マデ」
サイクロアはそれだけ言い残すと、ひらりと飛び降り地面に着地した。
「サァ、オマエタチノ、ノゾミドオリ……コレデ、全力デ……」
「あら、そう?」
エルヴィーネの両指から赤い糸が垂れている。それは血で出来た武器。それはまるで鋭い爪のようでありながら、生き物のような不思議な武器だ。血の刃がサイクロアに向かって振られる。後ろに逃げたところで、その血は伸びサイクロアの片足を掴む。
「血ガ……!」
「貴方も本当は欲しいんじゃないの?」
片足を縛られたサイクロアにエルヴィーネが囁くように言う。
「ナンノコトダ、夜ノ女王ヨ」
「帰る場所、守るべき物が欲しいんでしょう?」
エルヴィーネの声は、まるで囁くように、それでいて優しく、甘く、鼓膜を震わせる。
彼女の目的は、はじめからサイクロアにあった。サイクロアを作り上げている技術もそうだが、またサイクロア自身にも興味があった。
「私の下僕になれば門番の役務くらいあげてもよろしくってよ。生活の保障もするわ。悪くない条件だと思うけど」
上に立つ者が持つ下の者にたいしての傲慢なる言葉。きりきりとサイクロアの片足をとる血が巻きつき縛り上げていく。そのとき、サイクロアが前に飛び出した。とたんに締め付けていたのが緩む。サイクロアが牙を出して襲い掛かるのにさっとエルヴィーネが後ろに逃げる。
「そう、それが答えね。なら用は無いわ。さようなら。番人さん」
エネヴィーネは無感動に言い捨てると、サイクロアの懐に自ら飛び込んだ。そして鋭い血の爪がサイクロアの胸を刺した。サイクロアは後ろに避けたと同時に泉が棍をふりおろす。見事な連携された戦い方だが、サイクロアは尻尾の毒蛇を前へと振りかざす。毒蛇に泉が離れたとき、サマリスのサブマシンガンを撃つ。銃に入っているのは麻酔弾であるが、それでも銃としての威力を考えればあたればただではすまない。
サイクロアはたまらず空へと翼をはためかせて逃げた。
「カラクリか」
「……目標捕捉」
サマリスがアサトルライフルを構える。
サイクロアが吼えると同時に撃つ。その一撃はサイクロアの肩を掠めた。サイクロアが宙でバランスを失い崩れ落ちる。だが、並外れた獣は地面に崩れる寸前でバランスをとり、足を捻り、勢いをつけてサマリスに迫った。射撃メインの装備の上に獣の素早さにサマリスが一瞬、遅れた。サイクロアの蛇の尻尾がサマリスの腕を掴む。幸いだったのは、サマリスは毒を受け付けないことだ。そして、接近戦もまたできたということだ。とられた片腕にたいしてもう片方の腕をふりあげる。サイクロアはすれずれで避けながら息を切らせると、頭を横にいやいやというように振った。
「麻酔弾による攻撃有効」
ふらついたサイクロアの目が、真っ直ぐにさゆりの両親に向かう。牙を立てるサイクロアが真っ直ぐに走る。
さゆりの両親の前には那由多、柘榴、そして清本がいる。
「お前たちは後ろで守れ」
清本が刀を抜いたのにサイクロアが低く唸り声をあげる。
「邪魔ダ。人間!」
サイクロアの牙を向き、前爪で清本に襲い掛かる。刀と爪が重なり、激しい火花を散らす。清本の刃をサイクロアの爪が押す。ぎりぎりと音をたてて清本が後ろへと押されていく。
「お前はこの程度か」
「……ダマレ!」
サイクロアが清本の刃を弾いたと同時にもう片方の腕で地面に振り払った。乱暴に振り払われて崩れる清本にサイクロアは息を荒くさせて一度彼を見た。倒れて動かぬ清本に一瞬、サイクロアは目を揺らせ、那由多と柘榴に向き合った。
「コロサレタクナケレバ、退ケ」
「那由多さん、この二人を守ってくださいね」
「うん」
柘榴が前に出る。柘榴の右手から出現した『紅雨』だ。
柘榴とサイクロアが見合う。
「……あなたは」
柘榴の呟くとほぼ同時に悲鳴があがった。
闇に切り裂くような、悲鳴の先に目を向けると屋根の上にさゆりがいた。目覚めて、この光景を見たさゆりの悲鳴。
サイクロアはじっとさゆりを見つめ、そして柘榴を見た。
サイクロアが翼を大きく開いて上へと飛ぶと柘榴を越えて直接、両親に向かう。那由多の作り出した妖刀の盾がサイクロアの爪を防ぎ、弾く。
「いやああああ、やめてぇ……いらないっていったの。うそなの。あれは、やめて、お父さんとお母さんを殺さないで!」
さゆりが叫ぶ。
「さゆりさん」
美月が泣きだすさゆりを抱きしめ、その背中を落ち着かせるように撫でる。
「オ前ガ、ネガッタコトダロウ。サユリ、ニゲテ、ソシテ、ニクンダロウ、オ前ハ親ヲ! 自分ヲ生ミ出シナガラ、愛サナイ、愛シテクレナイ者ヲ!」
サイクロアが吼える。その言葉にさゆりが肩を震わせる。
「さゆりさん、あなた……」
「先生。私、どうしよう。……いなくなっちゃえって、思ったの。私、お父さんとお母さんが、喧嘩して、いらないっていうから。私、私っ……けど、違うの。本当は、二人に仲良くなってほしかったの。私、二人が大好きなの」
「オマエガ望ンダコトダロウ。弱サカラ、サユリ……私ハズットハオマエヲ守レナイ。私ノヨウナ化物トハ……一緒ニイテハイケナイ。私ハ化物。貴女ハ人間ダカラ。……ダカラ、オマエにアゲル。オマエノ故郷ヲ奪ッタ者ノ死ヲ、オマエヲウケイテレクレル人間ヲ」
「違う。違うのっ! そんなこと、そんなのものいらないっ!」
居場所がないから、両親にいらないといわれて、少女は願った。居場所を。帰ってもいい場所を。そして、同時になくしたものを憎んだ。自分のことを愛さない親を。けれど、このとき、両親に対する愛を少女は思う。
なぜなならば、両親はここに来てくれたから。それだけで、よかったのだ。無くして、憎んで、それだけ求めた。
居場所。
帰れるところ。
「サイクロア……そんなの、悲しいわ……あなたのことを求めてくれる人だっているはず。さゆりちゃんのように。この空き家みたいに、幾らでも作れるはずよ」
泉が悲しげに見つめて呟く。
「……モウカエルトコロハナイノダ……」
サイクロアが与えようとしているのは、さゆりが、人間として生きていくための居場所。
力だけでは守れないものがある。
生きていくために必要な、もの。
「オマエガ本当ニ必要ナノハオマエを愛シテ、真ニ求メル者。産ミダシ、挙句ニ捨テル者デハナイハズダ」
「……けど、違うの。本当は一緒にいたいの。お父さんとお母さんと! 私、いえなかったの……やめてぇえええ」
「さゆりちゃん」
美月がしっかりと泣き叫ぶ少女を抱きしめ、地上を見つめる。
少女の悲痛な叫びを獣は無視し、低く吼えと同時に駆けた。
獣の牙が狙うのは、さゆりの両親。
エルヴィーネの指から出た血が長い紐のように伸びサイクロアの身を拘束した。ほぼ同時にサマリスの装備していたリニアキャノンが撃ち放たれ、サイクロアが崩れ落ちる。
ぴくりともサイクロアは動かない。
「二人とも大丈夫? いま、降ろすから」
屋根に泉があがってくると、二人を腕に抱いて地上に降りた。
さゆりは美月の腕をしっかりと握り締めて、両親を見つめる。震えている。美月がぎゅっとさゆりの手を握り締める。
両親は何も言わないのに那由多が口を開いた。
「気がついてあげて」
その言葉に父親がゆるゆると歩み寄ると、さゆりの頬を叩いた。
さゆりは何も言わずに俯く。それに父親がまたさゆりの頬を叩いた。だが、さゆりは何も言わない。ただ泣いている。
再び父親が叩こうとしたとき、清本がその手を止めた。
「それくらいにしておかんと、いかんぞ」
「しかし」
「叱るのはいいが、やりすぎるのもいかん……不器用でも、子を思わん親は居らん。そういうことだ」
清本の言葉はさゆりに向いていた。
さゆりは俯いた。その肩を美月が優しく抱きしめた。
「この子は傷ついてます。しばらくは、私が引き取ります。とても時間がかかると思うんです。いいですね?」
美月の言葉に両親は何も言わずに頷いた。
さゆりが泣きじゃくるのに美月は優しく頭を撫でた。
美月は、そっと視線をサイクロアのほうに向けた。
サイクロアを他の者たちが取り囲んでいた。
「死んでしまったわけではないわね」
エルヴィーネは自分の血紐で全身を拘束されているサイクロアを見つめて呟いた。
「恐ろしいほどの生命力です……ヴィランスからの急襲可能性が消えたわけではありません。あまり不用意に近づくことはおすすめしません」
「それはないんじゃないのか」
さゆりとその家族のことを美月と泉の二人に任せて清本が近づいてきた。
「迷いがあったんだろう。その気になれば俺如き八つ裂きに出来ただろうに」
「帰る場所、すごく望んでいたのは、サイクロアじゃないのかな」
那由多は倒れているサイクロアをじっと見ていると、不意に白い手が伸びた。
「……サイクロア」
柘榴が呼びかけると、拘束されているサイクロアの目だけがきょろりと動く。
「ここで問いましょう。業を背負う覚悟があるのなら……私のところに来ますか」
白い白い柘榴の手が伸びる。
その手をサイクロアはじっと見つめていた。
「業は何よりも深い。それを背負う覚悟があるならば、私があなたに与えましょう。あなたに全てを捨てる覚悟があるのならば」
柘榴の白い手が、優しくサイクロアの頬を撫でた。
サイクロアはゆっくり目を伏せた。
「ユルシハ、イラナイ……与エラレル罪ヲ背負ウ……生キロト、ココデ生キルナラバ」
「ええ。与えましょう」
柘榴の手は、優しくサイクロアをその胸の中に抱いた。
ずっと望み続けた。
それはもう帰ることは出来ない、愛しい故郷のようにサイクロアを包み込んだ。
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クリエイターコメント | 今回は、参加、ありがとうございました。 帰る所、居場所、故郷。それは生きていくことできっと必要なものです。 今回は、みなさまの強さ、優しさ、さまざまな考えよって二人の孤独な魂が救われました。 本当にありがとうございます。 |
公開日時 | 2008-09-28(日) 09:40 |
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